以前から、ブロックサイズを巡る論争の1つの焦点にサトシ・ナカモトのホワイトペーパーの解釈、サトシ・ナカモトの目指したビットコインとコア派は違うというものがあります。

先日も、Roger Ver氏のサトシのコードのコメントを引用したツイートが話題になっていました。

本稿では、これは一体なにを議論しているかということと、後半では、筆者の個人的な見解を述べます。

今のビットコインはサトシが思い描いたのと違う?

言うまでもなく、サトシは、もうコミュニティを去っていて、ビットコインの開発をコミュニティに託しましたが、サトシのビジョンと今のビットコインは異なる部分があるという主張があります。

まず、ビッグブロック派が、コアの開発に対し、サトシナカモトのビジョンに沿わないと唱えているのは、主に下記の2点です。

1.サトシは、ビットコインをP2P電子通貨と定義していた

ビットコインのホワイトペーパーの定義は、「A Peer-to-Peer Electronic Cash System」です。

現在のビットコインは、日常の使用には、送金手数料が高く、P2Pゴールドに近い。

2.Segwit(セグウィット)

新しい技術Segwitによって、マリアビリティが解決され、また、署名がtxidを決定する要素ではなくなり、署名データを除外して手数料換算することでwitnessなトランザクションの手数料は安くするが、segwitは署名をUTXOから除外するので、サトシの定義する署名のチェーンとはそぐわない。

サトシナカモトを巡る論争の主な点は、この2点といえるでしょう。

ホワイトペーパー原理主義への疑問

ここからは、筆者の意見であると注釈したうえで、書き進めます。

たしかに、この2点は、ホワイトペーパーの定義にそわない部分があります。

しかし、ホワイトペーパーの内容と、仮に一致しなくても、だからといってなにが問題になるのでしょうか。

最も検閲制が高く(ビットコインをネットワーク外の)、テストを重ねられた有用なコードが提案され、それがコミュニティから支持されれば、それが受け入れられるというのがあるべき姿です。

ソフトウェアの実装は、実際に運用をされる過程で、当初の設計予定を大きく変更されることは、よくあります。

また、何よりこれはオープンソースプロジェクトであり、誰もがコードを提案でき、非中央集権型の通貨であり、支持されるものを選ぶのは最終的にはコミュニティです。

ちなみに、サトシは、論文を書くより先に、コードを書くことをしてきたと自身で認めています。

「すべての問題を解決できると確信するためには、コードを全部書いてみなければならなかった。論文を書いたのはそれからだ。自分は詳細な仕様書を書くよりも先にコードをリリースできる人間だと思っている」というのは、サトシの言葉です。

ホワイトペーパーのリリースは、2008年10月、コードを2009年1月にリリースなので、勘違いされることがありますが、コードを書き始めたのは、2007年だと本人はコメントしています。

サトシはコミュニティを去った今、より高い対検閲制や非中央集権制を望めるかもしれないコードが提案されていて、それの反論が、サトシのビジョンに反しているというものは、やや宗教的でもあります。

サトシ・ナカモトという人物については神話めいたものもしばしばつきまとっていますが、彼も間違いを起こしますし、初期のオリジナルコードはバグも多分に含まれ、コミュニティから指摘があれば、それを認めていたし、実際にコードを書き直してきました。

その本人がいなくなった今、第三者のグループが、サトシはこうあったはずだというのは、原理主義的です。

いずれにしても、今は、ビッグブロックを実現でき、segwitも排除した、ビットコインキャッシュがフォークコインとして生まれたので、サトシのビジョンを実現するための場ができました。

別々のコインになった今、実装を行い、健全な競争が行われることを期待しています。