
結論:韓国のオンショア外為規制により、ウォン建てステーブルコインは国内利用に限定され、国際的な利用価値が大幅に制限される見込みです。1997年のアジア通貨危機以降、韓国は外国為替取引を完全に国内管理下に置いており、この政策がステーブルコインの国際的な流通を根本的に阻害する要因となっています。
要点
- 韓国中央銀行がCBDC計画を中止し、民間ステーブルコインに政策転換
- オンショア規制により海外でのウォン取引が全面禁止
- キムチプレミアム問題の根本的解決には至らない見込み
- 台湾も同様の制約を抱え、香港のみが国際的優位性を維持
- 韓国主要8銀行の共同発行計画も国内利用に限定される可能性
目次
韓国中央銀行のCBDC中止とステーブルコイン政策転換
韓国銀行(中央銀行)は2025年6月、中央銀行デジタル通貨(CBDC)のパイロット計画を正式に中止し、民間セクター主導のステーブルコイン発行を支持する方針に転換しました。李昌鎔総裁は「厳格な監督体制が整備されている限り、ウォン建てステーブルコインを支持する」と表明し、規制枠組みの構築に向けた動きを加速させています。
KakaoBank、Upbitなどの民間参入動向
この政策転換を受けて、韓国の主要金融機関と暗号資産取引所が相次いでステーブルコイン事業への参入を表明しています。KakaoBankは発行と保管の両方の役割を検討しており、暗号資産取引所UpbitとNaverPayは決済に特化したトークンの共同開発を進めています。
特にUpbitとNaverPayの協力は、キムチプレミアム(国内外の暗号資産価格差)の解消を目的としていますが、後述するオンショア規制により、その効果は限定的になると予想されます。
オンショア規制がもたらす根本的制約
韓国のウォン建てステーブルコインが直面する最大の課題は、完全オンショア政策による構造的制約です。韓国ウォンは国際的に完全に自由化されておらず、すべての外国為替取引が国内の仲介機関を通じて韓国銀行の監督下で決済される必要があります。
1997年アジア通貨危機後の外為管理強化
この厳格な外為管理体制は、1997年のアジア通貨危機の教訓から構築されました。当時、タイ、インドネシア、韓国は米ドルとの事実上のペッグ制を採用していましたが、投機的資本の急激な流出により深刻な通貨危機に陥りました。
韓国政府は危機後、以下の管理体制を確立しました:
- 外国機関による海外でのウォン交換の全面禁止
- すべてのドル・ウォン取引の国内仲介機関経由での決済義務化
- 投機的資金流入の監視・制限システムの構築
- 為替レート変動性の抑制と金融政策自主性の確保
キムチプレミアム問題との関連性
オンショア規制は、韓国特有の「キムチプレミアム」現象の根本原因でもあります。国内外での暗号資産価格差が生じる主な理由は、韓国ウォンの海外での自由な取引が制限されているためです。
ウォン建てステーブルコインが導入されても、その利用がKYC認証済みの国内関係者に限定される場合、国際的な裁定取引による価格差解消効果は期待できません。
台湾・香港との比較分析
アジア地域における他の主要経済圏との比較により、韓国の制約がより明確になります。
国・地域 | 通貨の国際化度 | 海外利用制限 | ステーブルコインの展望 |
---|---|---|---|
韓国 | 低(完全オンショア) | 全面禁止 | 国内利用限定 |
台湾 | 中(自由兑換だが海外利用制限) | 海外利用不可 | 国内利用限定 |
香港 | 高(米ドルペッグ・完全自由化) | 制限なし | グローバル利用可能 |
台湾ドル(NTD)ステーブルコインの制約
台湾は韓国と類似した課題を抱えています。台湾中央銀行は経済に対する資本規制を課していませんが、台湾ドルの海外での利用は認められていません。2025年6月に施行されたステーブルコイン規制枠組みは、以下の制限を設けています:
- 地元銀行による発行義務
- 100%国内準備金の保有
- 中央銀行の監督と外国為替報告義務
- 海外での台湾ドル価値移転の規制チャネル化防止
香港ドル(HKD)ステーブルコインの優位性
対照的に、香港ドルは米ドルにペッグされており、海外での利用に制限がありません。2025年8月1日に施行された香港のステーブルコイン条例により、香港金融管理局(HKMA)は国際的に通用するステーブルコインの発行ライセンスを提供しています。
この制度的優位性により、香港ドル建てステーブルコインは将来的に人民元建てステーブルコインへの橋渡し役として機能する可能性が高く、アジア地域のデジタル通貨競争において重要な位置を占めることが予想されます。
韓国主要8銀行の共同発行計画と課題
2025年6月、KB国民銀行、新韓銀行を含む韓国の主要8銀行が、ウォン連動ステーブルコインの共同発行に向けた企業連合を結成しました。この計画は以下の特徴を持ちます:
- 複数銀行による共同発行によるリスク分散
- 既存の銀行インフラとの緊密な統合
- 厳格な規制監督下での安全性確保
- 国内決済システムとの互換性重視
しかし、韓国中央銀行副総裁は「まずは商業銀行に発行を認め、その経験を基に非銀行部門へと段階的に拡大していくことが望ましい」と述べており、慎重なアプローチが採用される見込みです。
また、国内の銀行間送金は既に24時間365日即座に、無料で処理されているため、ウォン建てステーブルコインの国内での付加価値は限定的です。主な用途は国境を越えた決済になりますが、これこそがオンショア規制によって制約を受ける領域なのです。
ウォン建てステーブルコインの将来展望
韓国のウォン建てステーブルコインは、技術的には実現可能ですが、その有用性は大幅に制限されることが予想されます。主な制約要因と今後の展望は以下の通りです:
短期的展望(2025-2026年):
- 規制枠組みの確立と銀行による限定的発行開始
- 国内決済システムとの統合テスト
- KYC認証済みユーザーへの利用範囲限定
中期的展望(2027-2030年):
- 国内利用の拡大と決済手段としての普及
- 非銀行セクターへの発行権限拡大検討
- アジア域内での限定的な国際利用試験
長期的課題:
- オンショア政策の根本的見直しの必要性
- 国際的な暗号資産市場での競争力確保
- キムチプレミアム問題の抜本的解決
香港大学ビジネススクールのVera Yuen教授は「民間発行のステーブルコインが過度に支配的になると、国の通貨に対する統制力を弱め、意図しないドル化を促進し、雇用と物価安定を管理する中央銀行の能力を弱める可能性がある」と指摘しており、韓国当局の慎重な姿勢の理論的根拠を提供しています。
よくある質問(FAQ)
A: 2025年8月に与党議員が基本規制枠組み法案を提出しており、韓国中央銀行も仮想通貨専門チームを新設しました。最も早くて2026年前半に限定的な発行が開始される可能性がありますが、厳格な段階的導入が予定されているため、本格的な普及には2-3年を要すると予想されます。
A: 残念ながら、現在のオンショア規制下では根本的な解決は困難です。ウォン建てステーブルコインの利用がKYC認証済みの国内関係者に限定される場合、国際的な裁定取引による価格差解消効果は期待できません。キムチプレミアムの解決には外為規制の抜本的改革が必要です。
A: 韓国は台湾と同様に海外での通貨利用が制限されており、ステーブルコインの国際的な活用は困難です。一方、香港は米ドルペッグ制により海外利用に制限がなく、グローバルに通用するステーブルコインの発行が可能です。この制度的差異により、香港が地域のデジタル通貨ハブとしての地位を確立する可能性が高いです。
出典
- CoinDesk - "Asia Morning Briefing: Korea's 'Onshore' Won Policy Could Hinder Its Stablecoin Ambition"
- ロイター - "ウォン建てステーブルコイン、段階的導入が望ましい=中銀副総裁"
- ブルームバーグ - "韓国中銀、デジタル通貨の実験中断-民間主導の暗号資産"
- CoinPost - "韓国中央銀行、仮想通貨専門チーム新設"
- 国際通貨基金(IMF) - "Capital Account Liberalization in Korea" 研究論文
- 韓国銀行(Bank of Korea)公式発表資料
- 香港金融管理局(HKMA)ステーブルコイン規制ガイドライン