株式会社DMM Bitcoinの代表をいたしております田口仁です。第五回までにおきましては、ステーブルコインの台頭の可能性という仮説を基軸としつつ、高度に暗号資産やトークンが普及した社会において、利活用が大きな経済的な意義を持つ産業分野について、実経済の産業規模が大きい、もしくは高い希少性のある資源分野に焦点をあてて、近い将来における利活用の可能性についてご紹介いたしました。今回は、7月の相場について、少し振り返りをさせていただきつつ、日本でも最近少し話題になりつつあるキャッシュレス決済にからめた動向、暗号資産やトークンの普及や産業構造に与える影響という点などについて考察をしてみたいと思います。
非常に感覚的な印象という点をご容赦いただきたいと思いますが、ニュースやIR等で取り扱われる「暗号資産」や「ブロックチェーン」というメッセージが、この数か月において、「暗号資産」や「ブロックチェーン」の普及拡大は、どうやら「ビットコインの普及拡大」とは同義ではないよね、、、という、普通に考えると当たり前のような正常な理解が、社会一般の理解として普及してきたような気がいたしております。
2018年7月の暗号資産(ビットコイン)相場動向の振り返りと示唆
2018年7月のビットコインの価格変動は、7月1日時点で70万円前後、7月末時点で86万円前後、7月頭と7月末の比較で約23%程度の価格上昇となる一方で、7月12日において最安値圏68万円台、7月25日最高値圏94万円台となり、月間の高安値として約37%程度の変動となりました。
7月前半の7月15日までにおいては、70万円から74万円近辺の5%程度の限定的な変動幅となる一方で、LINEグループがシンガポールを拠点として展開するBITBOXがオープンするタイミングと歩調をあわせ80万円台への価格上昇、G20における「暗号資産が経済に広く利益をもたらす」とのメッセージと歩調をあわせ90万円台への価格上昇、その後は、月末に向けて、月間上昇幅の約3分の1押しとなる86万円前後で着地という動きとなりました。
陽線日と陰線日は、概ね半々となっており、いくつかのニュースにより通常より多くのニューマネーが流入したと推測される日が、7月16日及び17日、7月23日と24日の四日間、7月後半の価格上昇は、この四日間の資金流入に支えられたというようにみえます。相場チャートは、相場参加者がマーケットというアリーナにおいて競争や戦いを繰り広げた戦績結果の証とみることができ、一般的には、上昇、もみ合い、下降の三つの要素を、継続的に繰り返すメカニズムとなります。
上昇⇒もみ合い⇒上昇の場合、ニューマネーが継続的に流入する状況が継続、上昇⇒もみ合い⇒下降の場合、全体として、ニューマネーの流入の息切れが発生している状況とみることができます。BITBOX(LINEの暗号資産取引所)は法定通貨での入金はできませんが、話題性のある新規の取引所のサービス開始のニュースに対して、BITBOXを利用してみたいと考える人が、ニューマネーでビットコインを調達し取引参加を行うという行動をとった可能性、G20における暗号資産を好感するメッセージとともに、ビットコインETFの承認と証券業界からの資金流入の可能性への期待による先回り取引の可能性、このあたりが7月相場を形成した要点とみることができ、一方で、中長期的に持続的に継続する大規模なニューマネーの流入の可能性は、それほど大きくなかったように感じます。
ヤフー・ソフトバンク陣営とLINE陣営による、店舗決済のキャッシュレス化に向けた本格競争
中国においては、アリババグループが提供するAlipay、テンセントグループが提供するWeChatPayが中心となり、また、社会基盤としての銀聯(ギンレン)ネットワークがこれを支える形で、実店舗を含めた広範な消費活動でキャシュレス化が進んでいます。
日本においては、ATMやクレジットカードの普及が速く進んだ歴史や、様々な電子マネーサービスが乱立した状況、また、現金志向が高いこともあり、実店舗におけるキャッシュレス化は世界での普及率に対して劣後となっていることは、みなさんご存知の通りです。
7月においては、この状況を大きく改善することを標榜し、二次元バーコードを通じた実店舗でのキャッシュレス決済を格段に普及させることを旗印として、ヤフー・ソフトバンクグループとLINEグループが、決済手数料無料と人海戦術も含めた全国ローリングの積極営業を行うという、大胆な戦略に打って出ることが報じられました。
スマートフォンアプリにおいて管理されている、多様な決済手段として利用可能な電子的価値を、二次元バーコードを用いて、実店舗での決済で利用可能とする。機能の振る舞いに着目すると、従来型の中央管理されたデータベース通信を通じて構築されている電子マネーの場合と、分散台帳技術を適用して構築された暗号資産ウォレットのトークンを通じた場合とで、台帳管理の方法に適用されている技術に違いはありますが、実店舗における利用者から見たユースケースとしては、両社に大きな違いはないように思われます。
ヤフーウォレットに対して、ヤフーグループが分散台帳技術を用いて発行するコイン(暗号資産やトークン)での決済方法が追加される、また、LIEN PayにLINEグループが分散台帳技術を用いて発行するコイン(暗号資産やトークン)での決済方法が追加される。そのようなユースケースは、技術的には何ら難しいことではないようにもみえます。
こうなると、電子マネーと汎用的なキャッシュレス決済となることを目的とした暗号資産の違いは、本質的にはなんなのかという疑問が提起されてきそうですが、そのような質問をいただいた場合には、こんな風にお答えしています。いわゆる電子マネーは、加盟店審査というものがあり、電子マネーの利用者登録及び加盟店登録されていない人格に対しては決済手段として利用できないことになっています。
いわゆる暗号資産の場合、加盟店審査等のような制度や概念はなく、その暗号資産を保管できるウォレットを持っている人格間で、お互いの了解があれば決済手段として自由に利用できるようになっている点が、現時点での本質的な違いです。
ただし、発行体が存在する暗号資産やトークンの場合において、その暗号資産を保管できる対象ウォレットを、本人確認等の手段を用い承認審査するプロセスが存在し、承認されたウォレット間での価値の移動のみを受け付けるルールが設定されている場合、電子マネーと暗号資産の振る舞いの差は、ほとんどないに等しいことになります。
G20を通じて公表されているように、暗号資産ないしは暗号資産に対して、本人確認等によるマネーロンダリングの防止が適切な形でルール化され、管理されるようになることに対して、暗号資産やトークンの適正な利用に資するものとして歓迎する意見が多くきかれます。
一方で、それが徹底された場合において、現時点では分散台帳技術を適用しているか否かという違いはありますが、利用者が利用する場面においては、電子マネーと暗号資産やトークンの振る舞いに基本的な違いはなくなります。
ポイント制度や商品券(ギフト券)の分散台帳技術を用いたトークン化の可能性
様々な企業が、自社独自のポイント制度を持っていますが、いまはその価値を他の人に譲渡したり、また、他のポイントに交換したりするための労力やコストは大きな負担があることは、日頃、ポイント制度をフル活用されている方であればご存知のことと思います。
商品券(ギフト券)は、紙ベースものでなく、最近は電子マネーと同類の技術基盤で電子的に発行されるようなケースも多くみうけられますが、商品券毎の専用のスマホアプリでないと購入や決済ができないなどもあり、一人の人が多様な商品券を使い分けるのは、思いのほか面倒だったりします。
ユーティリティートークンという分類に区分される暗号資産と、ポイントや商品券(ギフト券)の振る舞いの違いは本質的にあるのでしょうか?適用されている技術が分散台帳技術であるか否かということであれば、分散台帳技術を用いて再構成されたポイントや商品券(ギフト券)は、暗号資産の一分類であるユーティリティートークンと本質的に同一のものとなっていくということなります。
利用者の立場からするならば、基軸となる法定通貨にステーブルな電子マネー、自分が頻度高く利用するショップやサービス事業者が発行するポイントや商品券(ギフト券)が、一つのモバイルウォレットで保管・管理でき、利用したり、他の人と他のトークンと交換したりできるようになるならば、とても利便性が高く、また、社会基盤として暗号資産やトークンが十分に普及した際には、当たり前にそのようになっているというように想像することはできないでしょうか?
例えば、ヤフーウォレットやLINE Payで同様の機能が実装されたら、ウォレットをいちいち使い分ける手間がなく、とても便利だなと、個人的にそう思ったりします。ポイント制度や商品券(ギフト券)の分野は、日本においては、前払い式手段、第三者前払い手段という形で法制度化されており、また、電子マネーについては、資金移動業という形で法制度化されています。
振る舞いとして同様なものが、異なる登録業ないしは届け出業という形で法制度されているような状況は、おそらく、近い将来に法制度の解釈等が整理され、また、法制度自体が見直され、解消されていくものと捉えています。暗号資産交換業を営む事業者が、前払い式手段、第三者式前払い手段、資金移動業を追加で登録ないしは届け出を行いながら、自らのサービスの高度化や進化を図っていく時代は、それほど遠くないように感じますし、その逆に、前払い式手段、第三者式前払い手段、資金移動業を営むものが、暗号資産交換業を兼営しようとチャレンジする時代もそう遠くないと感じます。
また、そうなっていくことで、社会基盤として暗号資産やトークンの適用領域が格段にスピード感をもって拡大できるということに資するのであれば、着々と水面下でそれを推進しつつあるといわれている中国という巨大市場が本格的に動き出す前に、是非とも国を挙げて推進すべきではないだろうかと、個人的には思います。
暗号資産やトークンが、社会に幅広く受け入れられる状況を踏まえた場合、暗号資産交換業は、多様な暗号資産やトークンのECサービス(オークション含む)的なものとして取り扱い銘柄の豊富さや取り扱い銘柄の希少性、カストディアンとしての信用力と安全性が、競争優位の源泉となる可能性は高く、双方がそろっていない限り淘汰される確率は高いと捉えていることを、第四回のコラムで書かせていただきました。
新たな暗号資産やトークンの発掘という観点も含めるならば、証券業(投資銀行含む)や商社に近いものとなっていくとも理解しています。今回のコラムの示唆をもって、これに追記するならば、暗号資産やトークンが、社会に幅広く受け入れられる状況においては、モバイルウォレットのような、個々人が自己管理する電子ウォレットが、分散型取引所の技術と同様な技術基盤と組み合わさることで、利便性高く、暗号資産やトークンの保管管理、利用・交換を行うことができるプラットフォームを提供するプレーヤーが必要となり、それを提供するプレーヤーは、現在の暗号資産交換業者に限定されたものではなく、電子マネーを通じたキャッシュレス決済の普及を促進するネットガリバーから出現する可能性は大いにあるということになります。
今回は、7月相場を振り返りつつ、長期的に持続可能性の高い巨大なニューマネーの流入の可能性はそれほど大きくなかったように見受けられる一方で、現在の暗号資産交換産業に対する圧倒的なチャンジャーとなりうる可能性のあるネットガリバーを通じた注目すべきイベントとして、ヤフー・ソフトバンク陣営とLINE陣営による、店舗決済のキャッシュレス化に向けた本格競争について取り上げさせていただきました。次回におきましても、8月相場の動向とそれに影響を与えた可能性のあるイベント等をご紹介しつつ、一方で、大きく暗号資産やトークンの産業モデルをリモデルする可能性があると思われるトピックと示唆をご紹介してまいりたいと思います。